本当は誰かに聞いてもらいたかった

先日、ある講座を受講しました。その最初のアイスブレイクの時間のことです。

参加者が2名ペアになって、提示されたテーマについて、3分間、話すというものでしたが、私に異変が起きたのは「自分の名前は好きですか?」というテーマの時でした。話し終わる前に、涙が溢れて止まらなくなってしまったのです。

ちょうど3日前が母の命日でした。亡くなって1年です。父は入院中で今は意志の疎通はできません。

私の名前に込められた父と母の思い。それを話してくれた時の父や母の顔や声。もう母に会えないこと。父と言葉を交わせないこと。感謝と後悔と悲しさと寂しさとで、涙が止まらなくなってしまったのです。

その間、ペアになった方は静かに見守ってくださり、私の涙が落ち着いたところで、ご自身も1年前にご家族を亡くされたことを話してくださいました。「肉親を失うのはつらいことです。」と静かにおっしゃってくださった言葉が、私の心にすっと入ってきました。また涙が溢れました。

帰宅して、数時間が経過して気づきました。
私は、誰かに聞いてほしかったのです。寂しい、という気持ちを。

確かに、少し無理をしていました。一周忌の準備も、お墓参りも、すべて一人でやってしまっていました。実際、たいした作業量ではなかったのです。どうということはないと思っていました。その準備の間、その時々の寂しさや悲しさを誰かと分かち合っていたら、もしかするとアイスブレイクで涙が止まらなくなることはなかったかもしれません。

アンガーマネジメント研修で、私はいつも「無理をしないで。自分の気持ちに思いを馳せてくださいね。」とお話をしていますが、自分自身が気づかないうちに無理をしていたようです。

今日は、自分にも言います。

無理をしないで。気持ちを溜め込まないで、つらい時、悲しい時、寂しい時は、誰かに話を聞いてもらってね。あなたが少しでも笑顔でいられるように。

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