今年もアンガーマネジメントをお伝えします

新しい年になりました。例年とは異なり、初詣はなく、親戚の家を訪れたり帰省した友人と会ったりすることもない静かなお正月ですが、それでも家族がみんなが健康であること、お互いに笑い合えることは、とても幸せなことなのだろうと思います。今、ある幸せを大切に、1日1日を丁寧に生きていきたいと思います。

そして、2021年も、アンガーマネジメントをお伝えしていきます。現在、決まっている一般市民の方を対象とした講座は、次の2つです。

2月05日(金)14:00~16:00 桶川市保健センター
2月21日(日)13:00~15:00 杉戸町生涯学習センター(カルスタすぎと)

もし、ご興味がありましたら、ぜひいらしてください。

私が、アンガーマネジメントという言葉を知ったのは2015年2月14日。まもなく6年になろうとしています。これまで、日々アンガーマネジメントに取り組んできました。

・なぜ自分は怒っているのか?
・私のどんなこだわりが私を怒らせているのか?
・それは本当に怒る必要があるのか?
・私は本当は何を感じているのか?
・私は本当はどうしたいのか?

小さな怒りであっても、その下に根深い、大きな問題が眠っていることもあります。アンガーマネジメントのテクニックは、それをあぶりだします。

アンガーマネジメントを知ると、そして実践すると、自分が本当に望む生き方が見えてきます。自分らしい自分に出会えるアンガーマネジメントを今年も地道にコツコツ、お伝えしていきます。

今年も、どうぞよろしくお願い致します。

2020年 内面の変化

2020年がまもなく終わります。

今年、私の内面で大きな、とても大きな変化がありました。

仕事が私の「一部」になったのです。それまで仕事は私の「全て」でした。私から仕事を取ったら何も残らない。そう思っていました。

でも、今は違います。私には家族がいる。夫と息子がいる。私を心から必要としてくれる人がいる。たとえ、私から仕事を取ったとしても、私は生きていて良い。無価値な人間ではない。ようやく、そう思えるようになったのです。

来年も仕事はがんばります。これまで以上に力を入れます。でも、もう絶え間ない渇きを癒やそうと必死に水を探すような仕事の仕方にはならないだろうと思います。

求めてゆくのは、数字ではない何か。心に残るもの。安堵感。安らぎ。異なる視点。仕事を通して、新しい何かを2021年は探していきたいと思います。

今年も大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします。みなさま、どうぞ健やかな新年をお迎えください。

怒りを手放す・・?

「もう済んでしまったことに腹を立てても仕方がない。」

以前の私は、そう話す人をとても信じられない思いで見ていました。どうしてそんなふうに考えられるの? 私にはとても無理!絶対に無理!と。過去の怒りは手放しましょうと言われても、到底、受け入れることなどできませんでした。

ですから、「怒りを手放す」という言葉に、強い違和感や反発、抵抗を覚える方がいらっしゃるのは、当然のことだと思います。

無理に手放さなくても良いのです。手放すことに強い抵抗を感じるのなら、手放そうとしなくても良いのです。手指についた汚れを落とそうと無理に擦ったら、皮が剥けて血が出ます。それと同じです。無理に手放す必要はありません。

でも、だからこそ、どうしても無理、というもの以外は見直してみてください。

10ある怒りを0にするのではなく、9にしましょう。何か、軽い怒りを1つ、思い浮かべてください。

その怒りは、あなたの人生に必要ですか? その怒りと一緒でなければ、生きていけませんか? その怒りは、あなたを幸せにしてくれますか?

そう問いかけて、もし「NO」という心の声が聞こえたら、意識をポジティブなものに向けて、忘れる努力をしてみてください。

10ある怒りを9、いえ、9.9でも良いと思います。ちょっとだけでも。少しだけでも、減らしていきましょう。

もっとも心に残っている少女時代の思い出

 10月から、ある講座を受講しています。そこで出された作文の宿題「もっとも心に残っている少年・少女時代の思い出」について、私は、小学4年生の6月に、東京から埼玉に引っ越したことを書きました。


 小学4年生で転居するまで、帰宅すると家にはいつも両親がいました。自営をしていたからです。転居後は、父方の祖父母と同居しました。父の妹たちが結婚して家を出たため、長男である父が、私たちと共に実家に戻ることにしたのです。

 ずっと後になって、これは父の独断であったことが分かりました。母にも、祖父母にも相談はなかったそうです。父はひどく真面目な性格なので、おそらく「長男は両親の面倒を見るべき」という固定観念があり、父はそれをなんとしても守らなければと、ある意味、必死の思いがあったのでしょう。

 転居、転校について、両親から説明を受けた記憶はありません。少しずつ家具が運ばれていく様子、両親の会話の端々から、自分はおじいちゃん、おばあちゃんの家に引っ越すのだな、と感じていました。

 転居後、私の心の中は、まるで瓦礫と砂埃にまみれた廃墟でした。転居前は、帰宅すると両親がいたのです。学校での出来事を話したり、一緒に宿題をしたり。心はいつも青く光る海のように豊かでした。それが、転居後は、家に帰ると、それまであまり接する機会のなかった祖父母がいる。両親は自営をやめ、それぞれ会社勤めをするようになっていました。朝は早く、夜も遅い。両親との会話は激減していました。まだ幼かった妹は環境の変化にすぐ慣れましたが、私にはどうしても、そこが自分の家のようには感じられませんでした。何度も何度も、母に「前の家に戻りたい。」と言おうと思いました。でも、言えなかった。活発で、積極的で、言いたいことは何でも言える私なのに。泣くほど、思い詰めていたのに。なぜ言わなかったのか、今でも理由は分かりません。

 しかし、やがて、私は適応していきました。祖父母がいる家にも慣れていきました。外で働くようになった母は以前よりもずっと明るくなり、そんな母を父はいつも愛おしそうに見ていました。そして、それが、いつしか私にとっての日常になりました。

 過去を振り返った時、あれはつらかった、あれは楽しかった、などと評価することがあります。私の過去の出来事は、ほぼすべてラベリングできます。しかし、この転居・転校だけは、自分の中でまだ落とし込めていません。ただ、「まだ何もわからない10歳の子どもだったのに。私はかわいそうだったな。」そう思うだけです。

 少女時代の思い出として、もっとも心に残っていることは、唯一、私の中で感情の整理ができていない出来事です。(1,000文字)


実は、母に、この話をしたことがあります。母が亡くなる1年前です。

あなたを犠牲にしてしまった、と母は言っていました。母も、前の家に戻りたいと強く思っていたそうです。毎晩、泣いていたそうです。しかし、母の中にも「親の面倒は長男が見るべき」という価値観があり、それを拒絶するという考えすら思い浮かばなかったそうです。ただ、我慢するしかない、受け入れるしかしかないと考えていたそうです。

父も、今思えば、自営から会社員になり、辛いこともあったと思います。実際、一時期、ひどい扱いをする人がいたという話も聞きました。父もまた、古い価値観で自分自身を縛っていたのでしょう。

「べき」を優先させ、望まぬ決断をした父。それを黙って受け入れた母。適応するしかなかった私や妹。それでも、1年後には、家族が笑い合っていました。

今なら、もっと別の選択肢があったでしょう。母も、私も、妹も、言いたいことを言えたでしょう。でも、昭和40年代の我が家の価値観では、父の言うことに従うしかなかったのです。

ごめんなさい。この話、オチが見つかりません。やはり自分の中で整理できていないからなのか…。「大事なことは、なぜ数あるエピソードからそれを選んだか、です。」と、産業カウンセラー養成講座の中で、先生がそうおっしゃっていました。私はなぜ、このできごとを選んだのだろう。これは、私にとっての人生の宿題なのかもしれません。

本当は誰かに聞いてもらいたかった

先日、ある講座を受講しました。その最初のアイスブレイクの時間のことです。

参加者が2名ペアになって、提示されたテーマについて、3分間、話すというものでしたが、私に異変が起きたのは「自分の名前は好きですか?」というテーマの時でした。話し終わる前に、涙が溢れて止まらなくなってしまったのです。

ちょうど3日前が母の命日でした。亡くなって1年です。父は入院中で今は意志の疎通はできません。

私の名前に込められた父と母の思い。それを話してくれた時の父や母の顔や声。もう母に会えないこと。父と言葉を交わせないこと。感謝と後悔と悲しさと寂しさとで、涙が止まらなくなってしまったのです。

その間、ペアになった方は静かに見守ってくださり、私の涙が落ち着いたところで、ご自身も1年前にご家族を亡くされたことを話してくださいました。「肉親を失うのはつらいことです。」と静かにおっしゃってくださった言葉が、私の心にすっと入ってきました。また涙が溢れました。

帰宅して、数時間が経過して気づきました。
私は、誰かに聞いてほしかったのです。寂しい、という気持ちを。

確かに、少し無理をしていました。一周忌の準備も、お墓参りも、すべて一人でやってしまっていました。実際、たいした作業量ではなかったのです。どうということはないと思っていました。その準備の間、その時々の寂しさや悲しさを誰かと分かち合っていたら、もしかするとアイスブレイクで涙が止まらなくなることはなかったかもしれません。

アンガーマネジメント研修で、私はいつも「無理をしないで。自分の気持ちに思いを馳せてくださいね。」とお話をしていますが、自分自身が気づかないうちに無理をしていたようです。

今日は、自分にも言います。

無理をしないで。気持ちを溜め込まないで、つらい時、悲しい時、寂しい時は、誰かに話を聞いてもらってね。あなたが少しでも笑顔でいられるように。

ご質問をくださった方へ

11月8日(日)13:30~15:30 埼玉県男女共同参画推進センターにてアンガーマネジメント基礎講座に登壇させていただきました。

講座終了後、質疑応答の時間に3名、終了後に1名の方からご質問をいただきましたが、お時間の制限があり充分にお答えできなかったことが心残りです。

————————
「自分の怒る・怒らないの境界線を周りの人に見せるのは無理です。言えません。」とおっしゃった方へ。

「無理」とおっしゃるからには、それまでに色々なことがあったのではありませんか。きっとご自分なりにがんばって、考えられる限りの努力もされてきたではないかと思います。その「無理」は、「(がんばってきたけど)もう無理」ではないでしょうか。(違っていたらお許しください。)

今、ライターの容器には、どんな気持ちが入っていますか? 虚しい、悲しい、でしょうか。もし良かったら、その気持ちをお聞かせくださいませんか? 「言えない」と「言わない」は違います。どうしたら「無理。(言いたいけど)言えない。」から「無理。だから言わない。」にできるか、一緒に考えてみませんか? もしよろしければ、ご連絡ください。

————————
終了後に、「怒りの対象と関わらないようにしていたら、自分が孤立してしまった」とおっしゃった方へ。

孤立したことによって、今、孤独感など辛いお気持ちではないでしょうか。だからこそ私に尋ねられたのだと思います。

もし、今、孤独で辛い気持ちなら、関わらないという選択は、あなたにとって健康的な選択ではなかったのかもしれません。(もしかすると、周りの人にとっても同様に健康的な選択ではなかったのかもしれません。)詳しいことがわからないので的外れかもしれませんが、自分がもっとも納得できる選択は何か、もう一度、考えてみませんか? 良かったらご連絡ください。一緒に見直してみましょう。

あの日に講座を受けた方で、「もっと自分を知りたい」「自分の問題を解決したい」という方がいらしたら、ぜひ、個人セッションを受けにいらしてください。基礎講座を学んでくださっていますので、あとはご自分の怒りをたどっていくだけです。ご連絡をお待ちしております。
info@misystem.jp(南)

伸縮自在

9月から続いていた企業研修が一段落しました。

1時間だけ、2時間で、6時間×2日間、4時間×3日間など、与えられた時間は様々でしたが、アンガーマネジメントは削ることも盛り込むこともできる、伸縮自在の優れたコンテンツだと改めて思いました。おそらく、どこを切り取っても、必ず誰かに届くようにできているからなのだと思います。

「こんな考え方があったのかと驚きました」「衝撃でした」など、今回の感想には「驚き」を表す言葉が多かったように思います。これはきっと「良い!」と思ってくださったからなのだと信じたい。

一般向け公開講座は、引き続き週1ペースで伝えてまいります。

地道にコツコツ。コロナ前もコロナ後も。

きっといつか、人が人に当たらない社会がやってくると信じて、私はアンガーマネジメントを伝え続けてまいります。

天にお返しするもの

久しぶりの抜けるような青空。

母を亡くしてから、母に会いたい、あちらに行ったら会えるのかな、と考えることもありましたが…。

青空を見ていたら、「お預かりしている命なのだから、きちんとまっとうして、お返ししなくてはいけないな…」と思い始めました。

誰から預かり、誰に返すのか…。
空を見ている時にそう感じたので、やはり、空、天なのかもしれません。

ここまで自分なりに一生懸命に生きてきたので、いつ寿命が来ても悔いはないと思っていたのですが、そうじゃないな、もっと命を丁寧に扱わなくてはいけないなとも思いました。

残りの人生、運が良ければあと20年は元気でいられるでしょうか。丁寧に生きていきたいと思います。

帰宅が遅い息子にイライラ。でも…

息子(高校生)の帰りが遅い。(と思った時点ですでにイライラ)

翌日は部活動の行事で早朝の出発。だから母親としては、早く食べさせて、早く寝かせたい。それなのに息子は、今、一体、どこで何をしているのか。

ようやく息子からLINEが来たと思ったら「学校に戻る。落とし物を見つけたから。学校に届ける。」と。

なっ、なんですと!?

思わず、次の言葉をぶつけそうになりました。「それは月曜日で良いんじゃないの!?今、届ける必要ある?ないでしょ!ないよね?明日、早いんだから、いいから早く帰ってきなさい!」と。

しかし、ゆっくり深呼吸*。そして、自分に問いかける。
「これは、本当に怒る必要のあること?」

私がイライラしているのは「今夜は早く寝かさなくてはいけない。そうでないと息子は明日の朝、起きられなくなってしまう。」という根拠のない強迫観念が原因。今夜、たとえいつもと同じ時間に寝ても、明日の部活動には何の支障もないでしょう。そもそも息子は、小学生の頃から寝坊したことはないのです。冷静に考えればわかることなのに、頭に血がのぼるとそんなことにも気づけないのですね。

落ち着いたところで、LINEを返しました。
「おつかれさま。えらかったね。きっと、その落とし物も “拾ってくれてありがとう” って言ってるよ。気をつけてね。」

…私がこんなことを言うなんてシンジラレナイ…。息子が生まれた瞬間から、私はずっと自分の「べき」で、息子をガチガチに締め上げていたのです。その私が、こんなゆるっとしたことを言うなんて…。自分を褒めてあげたい。「アンガーマネジメント、できたね」って。←自画自賛(笑)

息子のことになると、これからも「ついカッとなって」はあると思うのですが、その都度、自分に問いかけて、地道にコツコツ、アンガーマネジメントを続けていこうと思います。

———–
*深呼吸
アンガーマネジメントでは「呼吸リラクゼーション」と呼んでいるテクニック。ついカッとなった勢いで何かを言ってしまう前に、ゆっくり深呼吸することで冷静になるのを待ちます。アンガーマネジメント入門講座でも詳しくご紹介しています。

やっと夫に言えました

夫と息子の希望で(実際は、ほぼ夫の希望)で1年前から猫を飼っています。

この猫が、仕事中に限ってなぜか私と遊びたがる。
猫じゃらしをくわえて私の部屋にやってきて、
パソコンのモニターの前に立ちはだかり、
遊べ、遊べと鳴き続ける。

放っておけばよいのかもしれませんが、
それをすると強い罪悪感に襲われるのです。
自分がひどく心ない冷たい人間のように思えて。

夫に何度か言いました。
「仕事が進まないのよ、私、本当に困ってるのよ。」
「ただ仕事をしているだけなのに罪悪感に襲われるの、もうつらい。」

それに対する夫の返答は

「じゃあ図書館とか喫茶店とかで仕事をするしかないでしょう。」

はい、出ました、解決策。
私もやってしまい勝ちな、解決策の提示。

でも、今、求めているのはそれじゃない。
ほしいのは、共感です。

ということで、結婚29年で初めて言ってみました。

「あのね。女性は共感なの。共感してほしいのよ。
それはつらいよね、それは困るよね、って言ってほしいの。」

すると、夫、

「あはは。そうかあ。
でも、それじゃあ、ずっとその話が終わらないじゃない。」

すかさず言い返しました。

「それを聞くのが、夫の務めというものです。」

思わず二人で笑ってしまったのですが、
言いにくいと思っていたことも、
言ってしまえば、こんなふうに笑えるものなのかと
肩透かしにでもあったような気持ちになりました。

怒りを伝える=リクエストすること。
結婚29年目にして、ようやくさらっと言えるようになりました。